2013年12月17日火曜日

こだわる人々

人はだれしも何かのフェチである、といったのは、小倉千加子氏です(結婚の条件』)。
社会学者の山田昌弘氏も『少子社会日本』で、男性の希望する女性像は、「若くてかわいくてやさしい女性」に集約されるけれど、男性が美人だと思う顔のタイプはちがう。
それゆえ過半数の人は結婚できるのだと書いてます(詳細は元の本でどうぞ)。


だれしも、こだわりがあります。
わたしも、みかんの筋は断固として取らないとか、カレーには牛肉だとか、メガネをかけた男性が好きだとか、結構こだわってます。 




こだわりつつカレーの肉はたまにチキンだったりと、適当にフレキシブルです。 

しかし、原稿に関しては、百歩譲ります。 
編集者の指摘通りに直します。自分の思いこみのほうが障害になってるとわかってますから。 
プロの編集者を納得させられない記述が、なんで読者さんに伝わりましょう? 
直しすぎて、あとで「元に戻しましょう;」と修正がきたりしますが…。 

てなことを、同業の方に話しましたら、何度もうなずいてました。 
その人は、色んなことにこだわりがありそうな売れっ子作家さんなんですが、やっぱりそうなんだと心強くなりました。そうですよね。てか同業の方は、ほとんどみなさんそう。 


ところが、何をいっても考えを変えない人がいます! 


わたしは、ときどきボランティアをしているのですけど、
運営上、お金や時間やスペースの問題で、制約が生じることがあります。
たいていは展示を短くしたり、出稿の内容を切り詰めたり、当番をかえて対応します。
しかし、そういう「内容を切り詰めたり」といったことを承知しない人がいるわけです。

先日その人が、情報についてとうとうと語ってくれたのですが、そのとき、わたしは何とも妙な気分になりました。その人にとって、「情報は発信するもので、受けいれるものではない」ことに気がついたからです。
で、すごく偏った情報の受けいれ方をしていることを、わたしは指摘したのですが、相手はそれが自分の本質だと1ミリもゆずりませんでした…。
もう岩盤みたいなんですよ。


妥協しない彼は(独身男性です)、女性についても、夢のような理想を持ってまして、かわいくてやさしくて自分だけを大事にしてくれる女の子が、向こうから惚れてくれる展開をひたすら待っているようでした。
そんなことは、まず起こりっこありません。
本人も「わかっている」と口ではいうのですが、理想を下げる気配はなさそうです。かといって、自分を変える努力をするでもありません…。


思うんですけど、こういうこだわりのこじれ方って、進学や就職、仕事や結婚の上で不利になるんじゃないでしょうか。

理想とする異性(学校、就職希望先)が求める条件が高すぎて、どう努力しても自分には到達できない場合、早めに見切りをつけたほうがいい。向こうはレベルの低い人材にはきてほしくないと思っているのですから。
なので、可能な努力で達成できるところを探したほうが、現実的です。
しかし、彼は耳を貸しません。高い目標はそのままにして、努力するといってます。

他の人の言うことに耳を貸さないのでは、時間を費やして努力しても無駄じゃないかと思うんですが。ほとんど何も変わらない、自分を変える気がそもそもないのですから。
本人の絶対評価では進んでいるのでしょうが、他の人はその間、臨機応変に進めていくから、差がひらく一方でしょう。


おそらく、本人が1番イヤなのは、他人の言葉に耳を貸した結果、他人からの評価を受け入れざるえなくなる、そうことじゃないかと思うのです。
自分を客観視する。
ものすごく辛いことですが、それができなきゃ本当に欲しいものは手に入りませんよね…


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